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Lost in Translation [その他]

The Japanese Red Cross Society does not refuse the support from all over the world.

Last night, I talked to the Japanese Red Cross Society(JRCS) and they admitted that JRCS had not extensively appealed for donations for the damages caused by the earthquake and tsunami, however the donations are solicited on the International Red Cross Society website. Also the JRCS said that the donation from all over the world would be used for the reconstruction with deepest gratitude.

International Red Cross Society
About the donations to Japan

The information bulletin from IFRC on 15 March says that Japan did not need any support, which turned to be the news source for many cases. In my opinion, this information had been transmitted before the damage situation became apparent. In fact, the damage is extensive, and over 10 thousand lives and 500 thousand houses are losted. JRCS and IFRC beyond doubt are raising money to save the disaster victims. We ask all the media concerned parties in countries to confirm the latest information.
Japan does not refuse the support from all over the world.



The German pump car made by PUTZMEISTER prevented the field of nuclear accident from overheating, which has averted the worst situation. Japanese citizen are very thankful for the German technical capabilities.


Dear Friends, [その他]

I strongly hope you notice my weblog.


9 days have passed since the earthquake hit Japan.

After the earthquake I have received e-mails of condolence and encouragement from my dear friends overseas. Every time I replied "I'm okay".
Certainly I was not hurt, and I spent the past few days without big problems. Now I can manage to overlook the situation around me calmly, and I have noticed.
Still people who lost homes and families are staying evacuation centers and there they spend sleepless nights. They are waiting for help without sufficient medicines, food and electricity, in cold and snowy environments.
One of the survivors said in the radio program, "I lost everything, but I can't help accepting the situation. I don't envy other people, so I want people in other areas live on same as usual" This reveals his true feeling which Japanese people have in common; people tend to feel guilty when they bother others. But we should know the harsh reality; if we live on as usual, many more people's lives will be lost, and also their hope will be lost. The help from around the world as well as people in other areas in Japan is needed.
So I would like to ask our friends, everyone in the world. please save Japan. Please help the afflicted people. I have given a donation through International Red Cross Society. I'd like to ask anyone in the world for contribution as well.

International Red Cross Society

The nuclear power plant accident have caused a lot radiation leakage in nature. If it is far from Fukushima, it is said not to be harmful for human health. I believe that too. The air and the sea alike is connected to every part on the earth, so I am afraid this will have some influence to people in the world, since they should receive radiation even a little which should not be in nature. The Japanese government has focused on dealing with the accident and cannot afford to express concerns about that. So I want to apologize to you as a Japanese person. In order not to forget about this accident forever and not to allow this kind of accident happen again, I will seek to act for the abolition of nuclear power plants.

Now what I can do is donation and fund-raising, which will be helpful for the reconstruction. I may have to resort to your idea and resource in the future again. Please cooperate when the time has come.

Finally I would really like to thank the rescue of your country, who rushed to Japan for helping us.

Thank you.

Information about a charity sales event of secondhand books@ROKUJIGEN


トム・ディクソンとKid Creole and the Coconuts [デザイン/建築]

山手通りの神宮前の交差点から千駄ヶ谷小学校に向かう途中に「フェイスビル」という建物がある。地下には「バスタパスタ」というイタリア料理店があったけど、今でもあるのだろうか。この「フェイスビル」の最上階にはバーと「フェイスギャラリー」があって、ここで80年代の半ば頃にトム・ディクソンの日本で初めての個展が開かれたことがある。彼の作品はシティサルベージと呼ばれていて、街の中にある鉄素材のガラクタをサルベージして、それを自分のアトリエで溶接し自己流でワンオフの家具や彫刻をつくっていた。マンホールの蓋やフライパンなどが椅子の座面に使われたりしていた。彼はロン・アラッドのアトリエ「ワンオフ」にも一時期いたみたいだが、溶接機械を借りていただけかもしれない。

当時彼はロンドンのアンダーグラウンドのヒーローの一人だった。不法ディスコを経営したり、ミュージシャンとしてもそれなりに活躍していた。個展の展示作品には水槽もあったけど、この水槽に入れた金魚はすぐに死んでしまうと担当者が嘆いていた。この頃のトム・ディクソンには間違いなく「毒」があったんだな。ぼくは早朝の六本木の街をうろうろしているトムを見たことがある。何かをサルベージしていたのだろうか。個展を企画したのはシー・ユー・チェンさんだったはずだ。当時、チェンさんの事務所CIAにはトム・ディクソンのワンオフの家具がたくさんあった。その頃、トム・ディクソンはナイジェル・コーツの現場の造作の仕事でよく日本に来ていたのだ。西麻布の「ザ・ウォール」にも彼の造作があると思う。三倶が建てたビルだ。なつかしい。

1981年のトム・ディクソンの映像


悪趣味デザイン展覧会 [デザイン/建築]

「『趣味が良い』がどういうことかを理解する前に、私たちはまず悪趣味を駆逐しなければならない」。Gustav Edmund Pazaurek。

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1865年にプラハで生まれた美術・博物学者のGustav Edmund Pazaurekは、一般市民が「良いモノ」とは何かを知り、駆逐すべき悪趣味を示すため、1909年に南ドイツ・シュツットガルトの州立工芸博物館内にAbteilung der Geschmacksverirrungen(Cabinet of Bad Taste)をつくり、自身が設けたバッドテイスト分類カテゴリーに照らし合わせた悪趣味製品を実際に展示して見せた。それはドイツ工作連盟の啓蒙活動の一環でもあった。選択基準は、誤った素材、誤ったデザイン、誤った装飾などのカテゴリーに分けられていて、それぞれにサブカテゴリーの基準がある。(記事末参照、英語です)。

かつてヨーロッパではドイツ製品は粗悪品の代名詞だった。ドイツ工作連盟設立はドイツ製品の品質向上の目的も大きかった。製造者教育はもちろんだが、ドイツ工作連盟は実際にモノを使う市民たちの審美眼を鍛えるためにさまざまな啓蒙活動を行っていたのだ。使い手がモノに対して厳しい目を持てないと、つくり手も成長しないからだ。子どもたちの教育のために「良い製品とは何か」を教える教材キットもつくり、連盟の担当者はそれを携えてドイツ国内の学校を巡り、今風に言えばグッドデザインとは何かを子どもたちに教えていた。
この教材は「Werkbundarchiv – Museum der Dinge」に常設展示されている。

ベルリンにある「Werkbundarchiv – Museum der Dinge」では、今年の1月11日までPazaurekのCabinet of Bad Tasteを現代に再現する「EVIL THINGS. AN ENCYCLOPEDIA OF BAD TASTE(悪趣味製品大全)」を開催していた。まず、シュツットガルトの州立博物館にあるPazaurek選バッドテイスト収蔵品を借りて展示し、さらにベルリン市民にPazaurekのバッドテイスト分類カテゴリーに適う「酷い製品」を募って、各家庭にあるバッドテイストな品を集め、それを一覧展示することで「悪趣味製品大全」は構成されていた。この展覧会をベルリン在住の阿部雅世さんに教えていただき、昨年秋にベルリンを訪れた際に案内してもらった。この博物館はユーゲントシュティールの建物の中にある。夕暮れの階段を上り博物館へ。

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展示品はこんな感じ。超面白かった。市民が応募したバッドテイスト製品の中にはフィリップ・スタルクのデザインが何点かあった。フツーの人に選ばれるなんて、スタルク先生にはまた新しい勲章が加わったね。

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こういう展覧会、展示品を製造販売している企業のことを考えると日本では難しいんでしょうね。この博物館では常設展示で日用品のパッケージや子どもの玩具を旧東西ドイツで比較展示していたり、名品から名もない品まで、フツーの家庭で使われていた製品を時代別やカテゴリー別にざっくりと展示していて、何時間見ていても飽きないと思う。これがドイツのアーカイブ文化なんだな。一点一点にキャプションはなくて、カテゴリーごとに大まかな解説がある。

以前、ノイハウゼン市役所内の美術館で見た「legal / illegal, Art beyond Law」という現代美術の展覧会を思い出した。

Werkbundarchiv – Museum der Dinge
Oranienstraße 25
D-10999 Berlin



BAD TASTE, Systematized by Gustav E. Pazaurek


VALOBRAと紙石けんとユースキン [買い物/お店]

ジェノヴァの石けんVALOBRAのパッケージ、洗練されていて良いなと思う。石けん自体はまだ使ったことないけど、値段はフツーじゃないからダメなものではないと信じたい。香りはとても良い。写真では見えない箱の中にもロゴが単色でプリントされている。配色が抜群だ。VALOBRAは1903年創業なので超老舗というわけではないようだ。オリーブ、レモン、オレンジなど、油を簡単に絞り出せる果実が育つ地方は良い石けんファクトリーがある。もしくは海運が盛んで植物油を輸入しやすい都市とか。ジェノヴァはその両方を兼ね備えている。VALOBRAの石けんを代理店を通してホールセールで売ってもらえそうなんだけど、日本で売ろうと思っても薬事法の壁は高いね。

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プロレス [その他]

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後楽園ホールのロビーで男子、というか、お父さんが群がっている先には……。

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プロレスラーの風香さんが試合を終えてサイン中。キレイです。女子プロレスのレスラーと言うと、ガタイが良くて金髪で男言葉のイメージだったけど、ぜんぜん違うね。最近の女子格闘技の選手ってフツーにキレイな人が多い。右隣にいるニット帽に眼鏡の男性はロッシー小川さんだな。実際のところ、選手は誰も女子プロレスだけで食べていくのはかなり大変らしい。というかムリだ。女子プロレスラーのほとんどは好きなプロレスを続けるために別の仕事をしている。まあ、今はどんな業界でもそんな感じかも知れないけど。風香さんは来年の春で引退だそうです。

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鶴見俊輔さんと「思想の科学」 [本/雑誌/文筆家]

もう先月のことになるけど、10月22日に「思想の科学」の公開シンポジウムを聴きに早稲田大学まで出かけた。橋爪大三郎さん、坪内祐三さん、上野千鶴子さんの講演を聴き、さらに、加藤典洋さん、黒川創さんらを交えてパネルディスカッションが行われた。いろいろと考えることはあったけど、坪内さんが、雑誌「思想の科学」が休刊と再刊を繰り返して、1946年から今日まで生き延びてこれたのは(現在は休刊中ですが)、雑誌「思想の科学」いつも少しだけ時代遅れだったからだと思う、と発言されたのが印象的だった。時代にぴったり合っているものは、時代の変化とともに生命力を失っていく。少し遅れた感じがいい。意図的にそれをやるのは難しいけど。上野千鶴子さんは今後、ウェブにも活動の軸足を置くようだが、炎上の様子がもう見えている。いろいろ苦労するのではないか。橋爪さんはインターネットはゴミの掃き溜めだと言う。でもゴミの山の中に、キラリと光る価値あるものが紛れ込んでいることも否めないと結んだ。加藤さんのお話はとても面白かったのだけど、何が面白かったのかを忘れてしまった。

正直言うと、こんなに面白いとは思わなかった。「思想の科学」は、イデオロギーの影響を受けた思想ではなく、戦後、日本人の思想が混乱する中、人間が社会生活を送り日常を暮らす、営みのエンジンとして思想を捉え、メディアとして広く門戸を開けて、さまざまな人々の発言を受け入れてきた。実にプラグマティックな雑誌だったわけだ。特集「彼女がほしい」という号もあった。高名な思想家も市井の運動家も、政治家も普通の会社員も、この雑誌に論文を投じ、それを読んだ編集委員の誰か一人でも価値があると判断されれば掲載されたそうだ。載せるな、という拒否権もない。この雑誌を足がかりに論壇や文壇にデビューした方々も多い。

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閃光少女/「ラブ&ポップ」 [美術/音楽/映画]

東京事変の「閃光少女」は2007年11月にリリースされた曲なので、PVが製作されたのは2年以上前なんですね。このPVは、一昔前の少女マンガやガールズムービーのような、10代女子の理由なき情動みたいなものが描かれていて(それは多くの場合、男子の妄想だったりするわけだが)PVというよりはコレ単体で上出来の映像作品という感じだ。何の関係もないこちらまでドキドキするような不思議な映像と、既視感がない新鮮なキャストもすごく魅力的だった。ディレクターはキャビアの児玉裕一さん。



で、なぜか「ラブ&ポップ」のラストシーンを思い出した。
1998年の映画「ラブ&ポップ」では、女子高校生をリアルに描こうとすればするほど、逆にどんどんフィクション色が濃くなっていく感じがした。真実に近づこうと語れば語るほど真実から遠ざかる。考えてみると、原作は村上龍だし、監督は庵野秀明で、あの映画も男子の妄想だったんだなと思う。それも織り込み済みなんだろうな。中沢けいさんが19歳の時に発表した処女作「海を感じる時」が衝撃的だったのは、マッチョな文学界がどれだけ言葉を重ねても描けなかった10代のリアルな女性が、さらりと描き切られていたからだと勝手に思っていた。男は女性を絶対に理解できないと思っている。でも本当は理解できないのは自分自身なのに、それは分かったつもりで、ただ分からないモノに惹かれているだけか、性欲の言い訳みたいなものだと思う。「海を感じる時」が出版されたのと同じ頃、少女マンガ雑誌に連載されていたマンガを愛読する男子が現れ始める。たぶん男の幻想ではない、女性が描く女性像を求めていたのではないかと思う。このへんの話はフェミニズムにまでつながるのかも知れない。妄想や幻想は、それはそれで面白いけど。


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スタジオキャット [その他]

昨年の夏に少しだけ立ち寄って、今年もまたやってきた謎の渡り猫。

長毛でしっぽが長くてふさふさ、顔がキリリとした逆三角形なので、たぶんノルウェジャンフォレストキャットのミックスだと思う。典型的な顔模様だし。今回は長逗留で11月になってもここを離れない。というか、もうここを定住の地と決めたようにも見える。朝、ドアを開けるとどこからともなく扉をすり抜け、ぼくの仕事椅子の上で二度寝が始まる。お腹が空くと何か食わせろと上目遣いでカツアゲに来る。ネコ缶は一食で並一缶完食する。カリカリはロイヤルカナンしか食べない。そしてまた寝る。たまに起きてまた寝る。また起きるとこちらに忍び寄り、足下をトントンとノックして、ブラッシングしてくれとねだる。足がライオンみたいにデカイ。体はかなり重い。目つき悪い。トイレの躾はちゃんとしている。外に出そうとすると嫌がる。屋内で飼われていた猫なのかな。今さらノラネコ社会には溶け込めない様子だ。鼻にケンカの傷がある。

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近所の人は、毛がもじゃもじゃなので「ケモさん」と呼んでいる。さん付けだ。ぼくは心の中で「カツシン」と呼んでいる。最初に来た頃はスゴく汚れていて毛玉だらけだったけど、シャンプーシートで全身を拭いて、ブラシをかけると見違えるようにふわふわになった。迷い猫サイトは一通りチェックしたが、該当する猫は見当たらず、何かの理由で捨てられたのかも知れない。そのうち獣医に連れていって予防注射を射ってもらおう。年齢や病歴も分かるはず。それで落ち着いたら里親探そうと思っている。

ベルリン [ドイツ/シュツットガルト]

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先月末日、友人のカロリン・シュタインベックの事務所設立10周年記念パーティーがあったので、ベルリンに行ってきた。カロリンはクランブルックを修了して、アドビでタイポグラフィのデザイナーを務め、独立後はベルリンを拠点にグラフィックデザイナーとして仕事をしている。パーティーでは久しぶりに会う人もいて、すごく楽しかった。

今回の滞在期間はかなり短くて、すぐに帰国しなければならなかったけど、ベルリンでは阿部雅世さんに超ウマい自家製ビールと超洗練されているドイツ料理のお店や、伝統的な南ドイツ料理店、バカウマトルコ料理のお店、ベルリン社交界の雰囲気を残すハイブロウなカフェなど、いろいろと連れていっていただき、ベルリンって選択肢が豊富で、どんな人でも必ず自分の居場所が見つかる、ホントに良い街だなと思った。ブルーノ・タウトのジードルンクや、阿部さんが暮らしているオスカー・ニーマイヤーの集合住宅など、見どころも満載で中味が濃い滞在でした。念願だったManufactumのカフェに行くこともできた。いや、ホントに素晴らしい。

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