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エゴン・アイアーマンの建築/Matthäuskirche [デザイン/建築]

シュツットガルト中央駅から急行電車で30分、人口約12万人の中堅都市プフォルツハイム Pforzheimに、20世紀ドイツを代表する建築家の一人エゴン・アイアーマン Egon Eiermannの建築を見にいった。
日帰り周遊券ヴァーデン=ビュルテンベルク・チケットを買うと、17ユーロで州内の公共交通機関がほぼ一日乗り放題になる。このチケットを初めて買いプフォルムハイムまで小旅行。目指すは街の西北にある、アイアーマンが手掛けた教会 Matthäuskirche。地図を見ると少々不便な場所なので往路は駅からタクシーを使った。線路脇の道を外れ、北になだらかな坂道を上っていくと、レンガ色とコンクリート色の配色が心地よい、グリッドが特徴的な鐘楼が見えてくる。エゴン・アイアーマンが設計した教会は、ベルリン、シャルロッテンブルクのヴィルヘルム皇帝記念教会新館がもっともよく知られているが、個人的には、街外れのささやかな住宅街にひっそりと佇む、このマタイ教会のほうが好みに合っている。すぐ前にバス停があり、そこで街に戻るバスの時刻を確認してから、教会前の広場に下りる。竣工は1951年。


Matthäuskirche, Pforzheim-Arlinger.

建物は予想していたより小振りだった。傾斜している敷地を削り、埋もれるような平地に教会はあるが、メインのアプローチから広場までは階段を数段下りるようになっていて、そこから、グリッドで構成される建築の全体像がひと目で把握できるのが小気味良い。教会のメインエントランスは2階に当たり、その下、1階部分には幼稚園(託児所?)と小さな児童公園が設けられている。この建築のいちばんの見所はインテリアだと思う。グリッドに穿れた小さな開口にはところどころに色ガラスが嵌められていて、中に入ると開口の一つひとつが光の点描となり、壁全体がステンドグラスのように見えるのだ。残念ながら当日は中に入ることができなかった。インテリアの写真(中)は、you-are-here.com/europeのモノを無断借用した。出典: http://www.you-are-here.com/europe/


エゴン・アイアーマンは隣町のカールスルーエの大学で長く教鞭をとっていたこともあり、バーデン=ヴュルテンベルク州内で手掛けた仕事も多い。シュツットガルトはファイヒンゲン VaihingenにあるIBMのドイツ本社オフィスビルが有名だ。あとは町中に商業施設を設計している。かつては「Kaufhaus Horten」という建物名だったが、現在は「Gallery Kaufhof」という百貨店になっている(住所:Eberhardstrasse 28)。
ドイツに来て、アイアーマンの建築をいくつか見て感じたのは、彼は本流のモダニズム建築家だったということ。インターナショナルスタイルが文字通り「スタイル」に陥った時代にも、彼は漫然とせず、モダニズムの正当な進化を、時代の技術とともに導こうとしていた印象が残る。ある意味、ドイツの国民的建築家である。http://www.egon-eiermann.de/


    Gallery Kaufhof, Eberhardstrasse 28


    Hauptverwaltung der IBM Deutschland, Pascalstrasse 100.


Egon Eiermann, Photograph: saai, Wolfgang Roth

上写真左/Folding chair 'SE 18', 1953。右/Plywood chair 'SE 3', 1949/50 , Photograph: Badisches Landesmuseum Karlsruhe, Thomas Goldschmidt

アイアーマンは成型合板を用いた木の椅子をたくさんデザインしている。おそらく日本では建築家としての仕事より家具デザインのほうがよく知られているはずだ。それでも同時代のチャールズ&レイ・イームズや北欧の家具デザイナー、バウホイスラー(バウハウス出身のデザイナー、建築家)たちの椅子に比べ知名度は低い。オランダ・アムステルダムにあるヴィンテージ木製家具専門のギャラリーショップ「WONDERWOOD」のウェブサイトでは、アイアーマンが手掛けたさまざまなデザインの成型合板の椅子を見ることができる(http://www.wonderwood.nl/)。
こうした仕事の数々から、戦後、新素材を暮らしに活かすことに真剣に取り組んでいたことが窺える。これもモダニストとしての使命感だったのかも知れない。それ以外に、彼は籐編みのクラフツマンの手工芸技術を使い、人体に沿うような三次曲面を持つ椅子も数多く手掛けていた。第二次大戦後のある時期、世界中のデザイナーたちが同時代的に籐椅子の近代化にチャレンジしたことがあった。

アイアーマンは1934〜38年の間、ベルリンの葬儀会社Grieneisenの新社屋デザイン、支店の設計に携わっている。その仕事の中で彼はモダンデザインの棺桶も手掛けていた。1970年、温泉保養地バーデンバーデンで神に召されたアイアーマンは、自ら設計したオークの棺で永遠の眠りに就く。

Egon Eiermann: Architect And Designer, 1904-1970: The Continuity Of Modernism

Egon Eiermann: Architect And Designer, 1904-1970: The Continuity Of Modernism

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: Hatje Cantz Pub
  • 発売日: 2004/11
  • メディア: ハードカバー


Egon Eiermann, German Embassy, Washington (Opus)

Egon Eiermann, German Embassy, Washington (Opus)

  • 作者: Immo Boyken
  • 出版社/メーカー: Axel Menges
  • 発売日: 2005/05/15
  • メディア: ハードカバー


プフォルツハイムはドイツの貴金属と宝飾品の中心地で、古来より金細工やジュエリーの加工、デザインが盛んだった。日本のミキモトとも提携しているドイツの高級ジュエリー、ウェーレンドルフ Wellendorffはここで生まれ育ったブランドだ。19世紀に貴族が美術工芸学校と美術工芸協会をこの街に興し、工芸学校(1877年創立)は現在は工業デザイン、ファッションの専門大学として名高いプフォルツハイム応用科学大学となっている。カーデザインの分野で優れた人材を輩出していることで有名だそうだ。また、街にはこうした歴史に因んだ装飾美術館 Schmuckmuseum Pforzheim(http://www.schmuckmuseum-pforzheim.de/)があり、インターナショナルスタイルのモダンな建築に、紀元前からコンテンポラリーまで、世界有数のジュエリーコレクションが収蔵されている。設計者はバウハウスでミース・ファン・デア・ローエに師事した建築家マンフレッド・レームブルックManfred Lehmbruck。また、この街はツールドフランスのコースとしても知られている。


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yoku

始めまして。洗練された文章、そして写真。
niceです。今後とも見させてもらいます。
by yoku (2005-11-22 17:58) 

橋場一男

テンさん、はじめまして。残念ながらストアミックスが扱う商品にはほとんど触手が動かないんですよ。

yokuさん、コメントありがとうございます。yokuさんのWeblogも面白いですね。ポイントを絞って旅をすると、旅の密度が高くなるような気がします。これからもどうぞよろしく。
by 橋場一男 (2005-11-23 09:11) 

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