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さようならソリチュード [ドイツ/シュツットガルト]

残念ながら昨夜のバレエはチケットが売り切れで観ることはできなかった。
今日は午後からずっと雪が降っていた。森も庭も真っ白だ。日が暮れてから、間断なく空から落ちてくる雪を見ていると、夜空を白い霧が覆っているように見える。もしくは黒い紙の上に描き込まれた白の点描のグラデーション。

明日の夕方の便で帰国するので、今日はフェローとしてソリチュードで過ごす最後の1日。ぼくが約1年を過ごしたソリチュードのことを忘れないように、この場所についてできるだけたくさん書き留めておきます。




まず、ぼくが暮らしていたスタジオがある建物の右前には、後期ゴシック様式の意匠を纏った美しいソリチュード宮殿がある。「孤独宮」と和訳している本を見たこともあった。残念ながらガイドブックにはあまり載っていない。でもとても静かで美しいところだ。英語圏の人に「Solitudeにいる」と言うと、ここを知らない人は必ず「それはどういう意味だ?」と聞き返してくる。英語でソリチュードは孤独とか隔絶を意味する名詞だ。離宮の意味だと聞いたこともある。バスのアナウンスはドイツ語風に「ゾリチュード」と発音する。でも南ドイツではSは濁らずに発音するらしい。だからみんな「ソリチュード」と読んでいる。頂上に建つソリチュード宮殿を丘の下から見上げるのが好きだ。



ソリチュードの近くにはフィリードリッヒ・フォン・シラーが近くに住んでいたらしい。隣町ゲーリンゲンのBOSHの近くに住むディーターさんに教えていただいた。かつてここには草木学と庭園学の学校があって、シラーの父親はそこで働いていたのだ。建物は前から見ても横から見てもシンメトリー。外階段を上がると大きなバルコニーがあって、遠くの街まで見渡すことができる。宮殿は頂上に小さなドームを戴き、その上には小さなメタルの三角フラッグが付いている。建物の中は博物館になっている。グラディスの映画の撮影の時に中に入ったことがあった。なかなか優雅な内装だったが、ピンクとブルーとレモンイエローとえんじ色の部屋があったことしか覚えていない。50年前にはこの回りにサーキットリンクがあって、オートバイレースやラリー、F1のレースが行われていた。かつてソリチュード宮殿はドイツのモータースポーツのシンボルだったのだ。



裏手の左側の建物にはスノッブなカフェレストランがある。ここはパンだけは美味しくて、それ以外のメニューは高くてマズい。でも夏場は裏のテラスが心地よく、夕方(といっても8時頃)アイスカフェやヴァイツェンビアを飲みに行った。フルーツのデザートだけは食べた。冬の日曜日は、ソリ遊びの後でホットチョコレートを飲んだ。この真裏の道はそのまま黒い森につながっていて、森を少し進むとアウトバーンを跨ぐ歩道橋に出る。それを渡ってから左に曲がり、とにかくひたすら道なりに歩くと、そのうち「熊の城」と「熊の湖」の行き先表示が打たれた大木に気がつく。そこに着くまでの林道には、誰かの悪戯なのか、森の中の切り株に小枝や石を積み重ねた不思議な彫刻が道しるべのように置かれている。春は美しい声で鳴くアムセルが地面を啄み、森を抜ける風はスズランの香りがした。夏はミツバチが忙しそうに飛び交い、地面にはセンチコガネがたくさん歩いていた。リスをよく見かけた。休憩小屋を過ぎて左に折れると、やがて陽光をキラキラ照らし返す水面が現れる。夏は逃げ水と勘違いした。食べ物を手に湖に近づくと無遠慮な鴨がたくさん集まってくる。「熊の城」に辿り着くには、この湖をぐるりと迂回して水門の間を通り抜けるしかない。ただし、冬は湖が凍って氷の上を歩くことができると、去年滞在していたフェローは言っていた。



お城といっても小さな狩猟小屋のようなものだ。建物の前には二頭の熊の銅像がある。古い写真によるとかつては美しい城だったのだが、戦争で壊されて土台だけが残り、今は味気ない新建材の建物に改築されている。その中はカフェレストランになっている。ここの南ドイツ料理はなかなか美味しい。2階のバルコニーで湖を見ながら食事もできる。塩辛いハムとアスパラガス、ターキーのサラダ、ポテトサラダとシュニッツエルなどを食べた。夏には表にアイスクリームや冷たい飲み物の屋台が立つ。アイスクリームを売るアフリカ系の女性はとても美人で、いつもニコニコ笑っている。そして、ぼくがアイスクリームを買うといつも「タイ人か?」と尋ねてきた。夏には裏の芝生に面してテーブルとベンチがたくさん並び、犬を連れた家族が食事を楽しんでいる。その奥は林になっていて、木々の日陰にもベンチがある。パン屑を持っていれば森の小鳥が遊んでくれる。その裏手の林は急な下り坂になっていて、坂を下り切ったところに石積みの古いドーム型の小屋がある。今は森と一体化していて小屋の石は雑草と苔で覆われている。屋根に登ることもできる。ここで小さなカエルを見かけた。秋は地面が落ち葉で黄色になる。。この林の先にはフォルストハウス1というバス停がある。バス停までは歩くとすぐなのに、よく道に迷って森の中をさまよった。



再びソリチュードに戻り、今度は正面の道を下りてみる。宮殿の前の道はルードヴィヒスブルクまで真っすぐ伸びている。最初の坂道はかなり急で、冬はソリ遊びの名所になる。途中にはバーベキュー用の竃があって夏はよく煙が上がっている。新月の夜はこの道は真っ暗になる。この坂道をずんずん下りていくとやがてクルマが通る一般道に出て、その道の歩道をさらに進むと貸し農園があって、美しい建築の保育所があり、その先には大きな牧場がある。夏は家畜の匂いでむせ返るけど、それに慣れれば子ヤギと遊ぶこともできる。雑草をちぎって柵まで持っていくと、最初はまったく近づいてこないが、最初に母ヤギがその草を食べると、子ヤギたちが小屋を飛び出してめえめえ鳴きながらこちらにやってくて草をねだる。草なんて柵の中にもたくさんあるのに。この牧場を過ぎると休日にはクルマで訪れる客で賑わう有名なビアレストランがあり、その先には小さなカフェと美容室がある。このレストランとカフェには入ったことがない。庭には小人の陶器人形や造花が置かれていた。その並びには集合住宅があって、やがてUバーンの駅に出る。駅前にはガソリンスタンドがあって小さなコンビニエンスストアが附設されている。店頭では地元農家のリンゴがカゴに入って売られていた。脇にはピザ屋の配達のクルマがいつも路上駐車されている。近くに学校があるらしく、大勢の学生をよく見かけた。さらに進むと古い教会がある小さな集落に出て、こんもりした緑の丘があり、アウトバーンを越えてもっと進むと小さな商店街レーベンマルクトに着く。



スーパーマーケットや安売り洋品店が入る小さなショッピングセンターがあって、地下には格安料金の電話ブースがある。ぼくはいつもここで国際電話カードを買ってガールフレンドに電話をしていた。外にはお菓子やケーキがあるカフェが何軒かある。そのうち一軒のアイスカフェは日曜日も営業していて夜は11時までやっている。ウエイターのおじさんはいつもご機嫌で、時々イタリア語で接客している。そのカフェの前は郵便局、その隣はドナーケバブのお店が二軒並んでいる。7年前に一度ソリチュードに来たときは、ここの郵便局からハガキを送った。レーベンマルクトにもUバーンの駅がある。駅の広場には金曜日に野菜、チーズ、魚などを売る市が立つ。ぼくがドイツに来て最初に買い物をしたのはこのマーケットで、つまりぼくがドイツに到着した翌日は金曜日だった。7年前の記憶を頼りに、とにかく雪道をずんずん歩いて、どうにかレーベンマルクトまで行ったわけだ。その後、Uバーンで中央駅に出て、窓口でバスの回数券の買い方を尋ねたけど、そんなものはないと言われた。それで見よう見まねで自動販売機で4回券を買ってソリチュードに戻ったのだった。



レーベンマルクトから貸し農園のあるところまで戻って、畑を斜めに抜ける農道を進むとUバーンの線路に突き当たる。それを左に曲がると小学校で、グランドを横切って敷地内を進むとザラマンダーヴィークというUバーンの駅に出る。駅に出る手前には小さなパン屋がある。グランドの脇にはアムセルがたくさんいた。ザラマンダーヴィークにもこぢんまりとしたマーケットがあって、普通のスーパーと安売りスーパーが2軒、合計3軒のスーパーマーケットがある。その前は広場になっていて、歩き疲れたときは、スーパーでフルーツを買ってここのベンチで一人でオレンジやリンゴを食べた。その隣には小さなホテルがあり建物の一階には日焼けサロンと小物店兼郵便局がある。広場の脇にはバス停があって、ここからバスに乗ってSバーンの駅まで行った時に財布を落とした。



再びUバーンの駅に戻り、線路沿いをゲーリンゲン方面に歩くと左手はソリチュードがある丘が迫り、右手は果てしなく平野が広がっている。道路沿いにはタマネギ畑があって、収穫が終わった畑には小型の鷲が舞い降りて野ネズミを捕らえていた。畑の先には教会の塔が見えて、そのずっと先に小高い丘が一つあり頂上には風力発電のプロペラがある。あまり景気良く回っているのを見たことはなかった。線路沿いには大きな家が一軒あって、庭でネコがよく遊んでいた。ぼくが近づくとネコもこちらきて門の上に飛び乗り、同じ目線で話をした。タマネギ畑が終わるあたりにはレアルと言う巨大な郊外型スーパーマーケットがある。ホームセンターもある。このレアルに曲がる道の角にはメルキュールホテルがあり、隣はスポーツジムだ。ここで偶然クラウディアに会ったことがある。その先には三菱、メルセデス、BMW、ルノーのディーラーがあり、洗車場とジーンズの安売り店もある。レアルの敷地のほとんどは大きな駐車場が占めていて、クルマの入り口手前の街道沿いにはイチゴの形をした小屋があり、夏にはそこでイチゴを売っていた。秋にはカボチャを売っていた。少し先にはヒマワリ畑もあって、そこではヒマワリの花を売っていた。それ以外は麦畑だ。一度、畑の中の道をずっと歩いたことがある。30分くらい歩いたら知らないSバーンの駅に着いた。そこに着くまで、一人の人ともすれ違わなかった。農家の納屋の番犬に吠えられただけだ。



レアルに行く方法は他にもある。ソリチュードの坂道を下り切る前に、中腹で左の林道に入ってそのまま森の中を進む。途中、その林道もそれて木々の間の獣道のような小径を進み急勾配の坂を下りると、ぼろぼろのツリーハウスが森の中に一つだけあって、手前には小川をせき止める小さな水門がある。このあたりでリスや鹿を見かけた。子鹿は人を怖がらす、しばらく後を着いてくる。やがて飽きると操り人形が跳ねるように森の中に帰っていった。この鬱蒼とした道を抜けるといきなり視界が開けて、果樹園と小麦畑が広がる。驚くほど空が広いこの道を進むとレアルが遠くに見えてくる。ぼくはこの道が大好きだった。空が本当に大きくて、気がつくといつも飛行機雲があった。果樹園の脇のベンチではよく読者をする女性を見かけた。リンゴの木々と歩道を隔てる生け垣はベリーの小木で茂みの中には小鳥が隠れている。さらに小麦畑を過ぎると老人医療施設があり、ここにはこぎれいなレストランもあるが、営業時間が極端に短くて食事をしたことはない。その奥は地元のサッカークラブのグランドで、Uバーンの線路を越えるととレアルに曲がる角のメルキュールホテルに出る。立派な四つ星ホテルなのに人の気配がしない。一度だけホテルのイタリア料理店でパスタを食べたことがあったが、うどんのように茹で過ぎで散々だった。ホテルの裏には大きな空き地があって、初めて見る大きな鳥が飛んでいた。



レアルを正面に左方向に行くとゲーリンゲンの街に出る。Uバーンの終点だ。駅前にはガラス張りのモダンな図書館があり一階が小じゃれたカフェになっている。このカフェはとても気持ち良い。料理も美味しかった。街の中の通りはどこも狭く、迷路のようで、その中に美味しそうなレストランがたくさん隠れている。この街ではクラシックカーをよく見かけた。古いガストハウスの南ドイツ料理のレストランで食事をしたことがある。ここでぼくとガールフレンドは横浜で英語を教えていたというアメリカ人女性とドイツ人のご主人に会った。マウルタッシェンとクノーデルをここで初めて食べた。



ゲーリンゲンの街に行くには、ソリチュードを出てバス通りを左に進むのが良い。しばらく歩くと昔の結核療養所(現在は総合病院)があり、さらに行くと小さなスポーツ施設がある。この先から右に折れて坂道を下りるとその先がゲーリンゲンだ。綴れ織りの下り階段がずーっと街まで続く。その途中からの眺めは本当にきれいだ。無数のコゲラが飛び交い道案内してくれる小鳥の道もある。一戸建ての家はどこも美しい庭があって、グレイとオレンジ色の小さな小鳥が庭木で休んでいた。キツツキもいる。階段はこの庭の間を縫うように街に通じる通りまで続いている。ゲーリンゲンは森と畑に挟まれた小さな町だけど、建物もお店も品があって片田舎の雰囲気はない。



ソリチュードの右手は草原が広がっていて、競走馬を育てる牧場がある。この馬は時々、ソリチュードの裏庭にもやってきて草を食べていた。目が合うとこちらに近づいてきて挨拶をする。初夏のある日、ソリチュードの前の芝生に100頭以上の羊が現れたことがある。2匹の牧羊犬と黒い帽子をかぶった男が、その羊を引き連れてきた。小一時間、芝生の草を食べると羊たちはそのままどこかに行ってしまった。ソリチュードの芝生は日中はいつも人がいる。雨の日も風の日も散歩している人がいる。夏場は芝生で昼寝をする人が多い。ピクニックをしている人たちもいる。草むらにはハリネズミもいた。深夜も宮殿のバルコニーでぼうっと考え事をしている人や秘密の話をしているカップルを見かけた。夜、バルコニーからルードヴィヒスブルクの方を見ると、眼下の長い道が天の川のようで、その周囲に無数の明かりが散らばり地上にある星空みたいに見えた。もちろん頭上の星空もきれいだ。夜中に考えに詰まると冬でもこのバルコニーに上った。



その宮殿の右後方、昔の近衛兵の詰め所だった建物の右の角の2階がぼくのスタジオだ。ベッドルームの窓からは行き交う路線バスが見える。ソリチュードの前庭も見える。夜は丘の下に瞬く街の灯も見えた。冬は樹氷も見えた。深い霧にかすむ森も、犬が遊んでいるのも、菩提樹の下で結婚式の撮影をしているのも見えた。夏の夜は稲妻が見えた。秋の紅葉も見えた。夏の草いきれ。いつまでも暮れない夏の青い空。落ち葉の音。警官が乗る馬の蹄の音。結婚式の歓声。冬の朝の除雪車の音。



夏はガールフレンドと一緒に暮らしていた。眠れない時は深夜にカフェテリアに下りて一緒にビールを飲んだ。夜、窓を開けているとガガンボがよく入ってきて、いつも捕まえては外に逃がしてやった。夜中に子鹿の声が聞こえて、二人で真っ暗な裏庭に行ったこともある。地下のカフェテリアにいたハツカネズミに真夜中にお菓子をあげにいった。夏の夜、宮殿で行われた屋外コンサートでペール・ギュントの美しいアリアを聴いた。

1年間もいたんだから、書き留めておきたいことはまだたくさんある。
でも切りがないので……。



ここでは本当にたくさんの人と出会った。これから何度も会う人がいるかも知れないし、会いたくても会えない人もいるかも知れない。たぶんこんな時間は二度とないだろうと思う。どんな時間も二度とはないか。さようならソリチュード。ずっと後になってからも思い出すんだろうな。こんな美しい場所で1年を過ごすことができて幸せでした。












Bis später. Danke.

Kazuo Hashiba, Studio18.





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viaggioyumi

橋場さんのブログ、懐かしい街の風景が見られていつも感動しました。ありがとうございました!
by viaggioyumi (2005-12-28 11:31) 

h-hara

ときどきこのブログにお邪魔しては、シュロス・ソリテュードでの生活にジョインした気分で楽しんでいました。有難うございます。シュトゥットゥガルトには3度ほど、丘のうえのそちらの施設にはリサーチで1度伺ったことがありました。ブログの更新がしばらくないとは、なんとも寂しいですが。展覧会の際の更新を期待しています。橋場さんとは共通の知人もいるようなので、いつかどこかでお目にかかったときに声をかけさせて頂きたいと思います。
by h-hara (2006-01-04 11:41) 

vega

シュツットガルト、大好きな街です。
ブログを読ませていただいて いつかここにも行って見たいな、と強く思ってしましました。
写真もいいですね。
愛情が伝わってきます。
by vega (2008-03-20 00:04) 

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