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言葉の力 [本/雑誌/文筆家]

どうしよう。先々週末から毎日締め切りだ。打ち合わせで昼間に原稿が書けないと確実に徹夜になる。原稿をたくさん書けるのは嬉しいんだけど、最近はさすがに少々食傷気味だな。ひょっとするとこういう生活がデフォルトなんだろうか。しかもこれだけ毎日原稿を納品していても、社員編集者時代の月収に届かないってどうよ。雑誌の原稿料って、駆け出しのライターも60歳の文筆家もほとんど変わらない。基本的にグラム何円と同じ世界だ。それで振り込まれるのは4カ月先とか。ついでに書くと手離れが悪い場合が多い。こんな過酷な条件下で、ライター稼業の方々はどうやって生活しているんだろう。ホントに不思議です。

それでも文章の力ってスゴいなと思うことがたまにある。例えばアーティストの草間彌生さんの言葉とか、あれこそ正しい言葉の使い方じゃないかと思う。草間さんの言葉を前にすると、くだらない手練手管を使い、耳に心地良い恥文に走りがちな自分は、ホントにしがない売文屋なんだと思い知らされる。売文って売血みたいな感じだな。でもぼくには、あんな、脳みそに直に触るような、薔薇を「薔薇」と心の底から呼ぶような言葉は使えない。というか、使えなくなったんだな、この仕事を続ける中で。いやそんな気概はもとより持ち合わせていない臆病者だから、どう頑張っても言葉のブロック遊び以上のことはできないんだ。それだけで今日まで仕事してきた感じだ。その精神の拙さがいつかバレるんじゃないかと、ずっとドキドキしていた。でも締め切りが迫るから否が応にも書かなければならない。そこでまた、言語濃度の薄さを紛らすために、気が利いた文章を書こうとアタマの良さそうな言葉使いをひねり出す。そして、人が知らない難しい表現を見つけ出しては悦に入って、付け焼き刃の底の浅い文章を書いてしまう。いつまで経ってもブロック遊びで自分の言葉と自分のリズムが見つからない。自分の言葉を文章に再現できない。もう45歳なのにね。

それにしても久しぶりに読んだ「Luca」の草間彌生さんの特集は本当に面白いな。「自画自賛かよ」と言われるかも知れないが、あの特集は、今は「ヴォーグニッポン」のファッションエディターを務める石田さんが担当したものなので間違いなく彼女の功績だ。だいたい「Luca」はエディターがみんな超優秀で、しかもキャラ立ちが良くて、実際にはぼくはただ幸運なことに、そこにいただけに過ぎない。雑誌はつくづく“人”なんだなと思う。少し説明すると、ぼくは3年前はエラそうにも「Luca」という雑誌の編集人をやっていた。この雑誌は残念ながらぼくが引導を渡すかたちで休刊になっている。それでも今でもあの雑誌が好きだと言ってくれる人がたまにいるから嬉しい。「Lucaって面白かったですよね」と言われるのだけど、実はあれは本当の意味でコラボレーションだったので、その言葉はあの雑誌に関わった4名のエディター全員に向けられるべきものなんだ。これは謙遜ではありません。

その「Luca」の草間彌生特集に料理研究家の福田里香さんが原稿を寄せている。この話は前にも書いたかも知れないけど、この原稿はホントに名文で、最初原稿をいただいた時、ぼくはそれを読みながら期せずして号泣してしまった。なぜだろう。理由が分からないけど号泣。でもそういう文章に限って、紙幅に合わせて一部割愛しなければならず、今、なぜあの時、掲載スペースを広げてでも全部載せなかったのかとスゴく後悔している。福田さん、ごめんなさい。この前、また「Luca」を開いて、福田さんの原稿を読んでまた目頭が熱くなって、これこそ言葉の力なんだよなとしみじみ思う。あんな奇跡的な原稿を書く福田さんをぼくは心から尊敬するけど、その福田さんにあの原稿を書かせた草間さんも尊敬してしまう。そんなわけでいろんな人に感謝しています。ありがとう。

最近読んだ名文は、チルドレンズ・エクスプレスの記者が書いた記事だ。チルドレンズ・エクスプレスというのは、8〜18歳のジャーナリストが在籍する記者集団で、その始まりは70年代のアメリカに遡る。チルドレンズ・エクスプレスは、マイノリティの声をもっとメディアに載せたいという創設者の考えから生まれた子どものNPOで、残念ながらアメリカの本部は資金難で活動休止してしまい、精神は別なジャーナリスト団体に引き継がれている。記者は子どもだけと言っても、ピューリッツアー賞も受賞している本格的なジャーナリストチームなのだ。今はイギリスの拠点がある。その日本支部の15歳の中学生の記者が、六本木ヒルズのストリートファニチャーについて書いた短い記事を読んで、これまた感動してしまった。心が洗われる気分とはこのことだろう。ぼくも中学生の頃はあんな視点で文章を書けたのだろうか。誰に媚びるでもなく、淡々と綴られた記事は本当に見事だった。彼女はこのまま文筆家になるのかな。このサイトには10歳の記者が同じモチーフで書いた記事があと2本掲載されているが、こちらも文句なく素晴らしい。でも「大人を喜ばせよう」という雰囲気も少し感じられて、まあ、それが嫌みではないのだけど、これが現代の小学生のバランス感覚なんだろうかと思う。その分、少し減力気味なのは仕方がない。それはぼくの捻くれた所見で、大人の眼鏡を外して読めば素直に良い記事だと思うのだろう。それができない自分が悲しいな。http://www.cenews-japan.org/

大岡信が「言葉の力」という論文を、1978年に岩波書店の雑誌「世界」に寄稿していて、それは「世界」創刊50周年にまとめられた主要論文選にも収められている。ぼくはこの論文にずいぶんと励まされた。フランス語で贈り物を意味するCADEAUの語源は「言葉」なんだと大岡氏は書いている。言葉は昔、贈り物だったんだ。その事実だけがただ嬉しかった。



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