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MUJI manufactured by THONET [デザイン/建築]

THONETって謳ったら「無印」ではなくなるような気がする。

深澤直人さんが無印良品のプロダクツの画期的なデザインを手掛けていることは、この手のネタに興味のある人なら誰でも知っていることだ。現に、深澤さんとジャスパー・モリソンによる「スーパーノーマル」展のリーフレットには、無印良品の製品のデザイナーに深澤さんの名前が明記されていたように記憶している。でも深澤さんの仕事として無印良品の製品を紹介しようとすると、良品計画の広報部からはデザイナー名は公表していないという連絡がある。みんな分かっているけど言えない。何とも難しいところだな。原理原則に縛られ過ぎな感じがしないわけでもないけど、こうしたところが無印良品の真面目さでもあるわけだ。

そんな無印良品が「MUJI manufactured by THONET」と名付けられたシリーズを売り出すとは。トーネットはデザイナー名ではないけど、間違いなくブランドですからね。ひょっとすると無印良品とMUJIは性格が異なるラインということなのかも知れない。これから毎年、コレクション的に「MUJI manufactured by ○○」という製品を発表していくのだろうか。

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グッドデザイン大賞 [デザイン/建築]

グッドデザイン大賞が決まりましたね。トヨタのiQだそうです。

まだ発売前のクルマ。一般の消費者がまったく実感を持てない、発表だけはされているメディア上だけに存在する「製品」が最終的に残り、まだ発売もされていない、フツーの人は誰も運転したことがないクルマが大賞に選ばれたわけだ。フツーの人は見たことないけど審査員は知っている(公開はしてるけどさ)。これはもうダメだろ。スタートラインが間違えてないか。発売前に受賞なんてバカなことはもう止めてくれ。これが大賞に選ばれて、一般の人々はどう共感すれば良いのだ。つまり今回はグッドデザイン大賞が超タイミング良くトヨタ自動車の新製品PRに使われたわけだ。売り出される前にデザインのプロのお墨付きになったわけで、CMでタレントが「素晴らしい走りだ!」って言うのとは訳が違うからね。

街には走っていない。運転もできない。そんな未知の商品が発売前にいち早く権威付けされたわけ。このクルマの街中での佇まいとか、道路を走っている様子とか、購入した人がどんなふうにこのクルマを使っているかとか、どんな価値や喜びを与えたかとか、そういう視線はグッドデザイン賞には関係ないのかな。想像力だけで判断できるものなのかな。グッドデザイン賞は妄想かよ。しかもCOTYとかじゃないあたりが用意周到じゃないか。クルマの賞にはメーカーの宣撫工作が付き物というイメージが強いので、裏では何が何でも大賞を獲得するためのロビー活動もあったんじゃないかと勘ぐってしまうよ。広告費換算すれば安いものだよな。まあ、多くのプロが認めたのだから、皮肉ではなくて間違いなく画期的なクルマなんだろう。で、ご説ごもっともな言葉が審査員の言葉として並ぶんだろう。でも気分的には「やれやれ」だ。ともかく発売前の製品は審査枠から外したほうが良いと思うな。本当に良いデザインであれば次の年次の受賞でいいじゃないか。そうしないとまた、グッドデザインの審査会や賞が新製品PRにまんまと使われてしまうぞ。それはサービスし過ぎじゃないですかね。グッドデザイン賞大賞の選出過程をウェブサイトでライブ中継していたけど、途中でコメントを求められた三宅一生さんの言葉は、一人で熱くなっていた自分を楽にしてくれました。ホントはもっといろいろ発言したいことがあったのではないだろうか。

トヨタのiQはいろんな賞を受賞するんだろうな。ぼくには関係ないけど。

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Second Nature@21_21 DESIGN SIGHT [デザイン/建築]

吉岡徳仁さんがディレクターを務める展覧会「Second Nature」が10月17日から東京ミッドタウンの「21_21 DESIGN SIGHT」でスタートします。18日にはオープニングスペシャルトークもあります。事前予約制(定員100名)で9日から21_21 DESIGN SIGHTのウェブサイトで予約受付が始まります。当日出演は吉岡徳仁さん、雑誌「AXIS」の編集者上條昌宏さん、デザインジャーナリスト川上典李子さん、京都工芸繊維大学准教授の岡田栄造さんと橋場です。
いろいろ書きたいことはあるのですが、展覧会が始まってからのお楽しみ(驚き)ということで……。

この展覧会開催中、個人的に「Second Nature」についてのWeblogを開設する予定で、いろいろな方々のご意見などを紹介したいと考えています。



AXIS (アクシス) 2008年 10月号 [雑誌]

AXIS (アクシス) 2008年 10月号 [雑誌]

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: アクシス
  • 発売日: 2008/09/01
  • メディア: 雑誌



バスタイムのデザイン [デザイン/建築]

今年の春に「Esquire日本版」にTOTOの新製品の記事を書きました。


建築家で建築史家のバーナード・ルドフスキーは、歴史の中で失われた生活様式をまとめた「さあ横になって食べよう」という本を、1980年のクーパー・ヒューイットの展覧会のために著している。彼はこの中で、「私は1日に二度、2時間ずつ熱いお風呂に入った」と語った発明家フランクリンに触れ、「楽しみのためでなく、必要のために食事をせよ」の格言も彼の前では説得力を失うと、快楽主義の暮らしぶりを好意的に紹介している。日本人は世界的に「お風呂好き」と知られているが、同書によると実は中世以前の西洋でも入浴を楽しむ文化があった。大勢の男女が巨大なバスタブにつかり結婚披露宴を楽しむ絵画も描かれている。しかし、お風呂と酒宴いう二重の快楽は、清教徒により自堕落とみなされるようになり、西洋の風呂文化を変質させ、失われた様式になってしまったようだ。

だが日本では、お風呂がもたらすさまざまな効果を、良好な人間関係や、気分転換に生かしてきたのは周知の通りだ。ルドフスキーは別の著書「キモノマインド」で、「何か心配事があるときには、風呂に入ることにしています。入る前に悲観主義者だった私が、風呂から出てくると楽天主義者になっているのです」と打ち明けた日本人の言葉を紹介し、日本の入浴は、アメリカ人のカクテルパーティーに似通っていると述べている。疲れた心を1オンスの酒で癒すように、日本人は熱いお湯につかる、と彼は日本人の入浴を捉えていた。「ただし日本の浴室も近年は、60年代半ばに誕生した樹脂製ユニットの台頭で、欧米のように清潔と機能を重視した、体を洗う設備としての色合いが濃くなっていました。それも確かに大事ですが、最近は装置ではなく居住空間としての快適性や建築空間との整合性が浴室には求められていると言えます」と、TOTOデザインセンター・グループリーダーの伊庭宏氏は言う。機能主義や合理性から、情緒や感情に関わる場へ。入浴が暮らしの中で再評価されていると言っていいかも知れない。かつて浴室内では「照明は明るく、ハンドルは軽いほうが良いとされていた」。こうした約束事への疑問と、生活者マインドの変化にしっかりと向かい合った同社の成果が、新しいシステムバス「SPRINO」のデザイン開発に生かされている。

「体を清潔にする機能は、入浴を楽しむ環境に付随するものと考え、私たちがどのようにお風呂を楽しんでいるか、楽しみたいのかを5つのシーンに整理してデザインは進められました」と同社デザインセンターで「SPRINO」のデザイン主査を務めた小西加呂氏は振り返る。「子どもの頃に体験した古い日本家屋の大きなお風呂。高い網代天井と窓には竹桟の目隠しが。少し怖かったけれど、心地良い記憶が残っています。たぶん浴室内の視線のやり場が豊かで、自然素材も心に馴染んだのでしょう。現在の浴室は均質な白い壁が多く、洗い場で座った時に向く方向も決まっています。『SPRINO』では自然素材に倣った壁仕上げやテクスチュアも選べるようにしたり、窓があれば外の景色を、浴槽の水のゆらぎを眺められる濡れ縁のような場を設け、リビングの椅子で寛ぐようなスタイルを促すデザインも採り入れています」(小西氏)。

デザインでは見た目の意匠だけではなく、触感にも心を配っている。「裸足で感じられる畳のような感触の床、操作ハンドルのトルク感やタッチ水栓の手触り。どうすればリラックスの場にふさわしい触感が得られるのか。操作時の音にまで腐心しました」と小西氏は言う。空間を美しく見せるためディテールもきめ細かくデザインされた。風呂好きの日本人にふさわしい、機能や便利さを超えた、新しい次元でデザインされた浴室インテリア空間がTOTOから生まれたと言えるだろう。

参考図書のリンク


にっぽんフォルム10周年 [デザイン/建築]

この前、LIVING DESIGNの創刊10周年のパーティーがあって、この10年は長かったなと思っていたら、ちょうど同時期にリビングデザインセンターOZONEにオープンした「にっぽんフォルム」も10周年で、記念イベントがあります。参加申し込みが必要です。

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ぼくも17時からトークセッションに参加します。にっぽんフォルム店長の森口さんは、ぼくが大学卒業後に就職した家具会社、村田合同の先輩です。

非接触式放射熱温度計 [デザイン/建築]

武蔵工業大学の宿谷昌則教授の影響で放射熱温度計を買ってみた。さっそくいろんなところの温度を測ってみる。まず大きく口を開けて自分の体温を測ってみる。36℃だった。平熱だ。皮膚の温度は33℃くらい。人は熱を出しているんだな。部屋の壁の温度を測ると29℃くらいだった。

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それから冷蔵ショーケース。約50℃か、やっぱり熱いね。電気ストーブを置いているようなものだ。ちなみにここの室温は28℃くらい。机の上のPCの温度は画面が34℃だった。

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ハロゲンランプのシェード。35℃くらい。ちなみにランプ自体は110℃以上。これは熱い。

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天井の蛍光灯の温度。これも予想以上に高い。35℃に温まった板の下で過ごしている感じ。

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温度計を持って外に出てみる


カラシニコフ [デザイン/建築]

20世紀を象徴するプロダクツは何だろう。そう尋ねられたら、ぼくは即座にこう答える。

それはソビエト連邦で生まれた自動小銃AK47だ。ぼくはそう思う。

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ぼくが初めて日本以外の土を踏んだのはソ連だった。パリ行きのアエロフロートは乗り換えの都合でモスクワで一泊しなければならない(ビザは不要だった)。薄暗い空港の廊下には角ごとに無表情のソ連兵が立ち、彼らは脇にライフルを携えていた。夜なのか朝なのか。何時なのかも分からない。旅の疲れと不安な心も手伝い、腹の奥底でぶくぶくとわき上がる黒い恐怖を必死に抑えこみ、平静を装い彼らの前で入国審査を受ける。ぼくが初めて間近で見た軍用ライフルは、日本を守るという米軍のM16ではなく、有事には間違いなくぼくらに銃口が向けられたはずのAK47だった。

アルジャジーラのテレビ映像に登場したビンラディンはAK47を持っていた。フセイン元大統領もAK47を所有していた。テルアビブ空港を襲撃した連合赤軍の手にもAKがあった。ベトコンもAKで米軍と戦った。映画「シュリ」の北朝鮮兵はAKを持ち、「亡国のイージス」の工作員が携行していたのもAKだ。昔の007の適役は必ずAK(かトカレフ)を持っていた。見事な敵役だ。AKは他のどんな自動小銃よりも信頼性が高く、故障知らずで、悪条件でも作動し、専門知識を持たない民兵にも容易に分解掃除と組み立てができたと言う。

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ジャパニーズ・モダン・マスター [デザイン/建築]

イデーのカタログブックに寄稿しました。


「時間をケチケチすることで、ほんとうはぜんぜんべつのなにかをケチケチしていることは、だれひとり気づいていないようでした。じぶんたちの生活が日ごとにまずしくなり、日ごとに画一的になり、日ごとに冷たくなっていることを、だれひとり認めようとしませんでした」(ミヒャエル・エンデ『モモ』より。和訳は岩波書店刊。1976年)。

わずか50年前の写真や映画の中の日本を見ると、現在の経済発展が奇跡と思えるほど、人々は質素に生活していたことが分かる。豊かさの夢とともに、今日の貧しさを甘んじて受け入れ、慎ましく日常を送っていた。こうした日本人の日常生活を少しでも豊かにしたい。それには何が必要なのか。20世紀半ば、デザイナーや建築家たちは、自らの軸足の片方を庶民の日常生活に置いていた。人々の暮らしに希望を与えようと、海外の事例を謙虚に学び、欧米のモダンデザインを咀嚼し、日本人の暮らしの理想に想いを巡らせていたのである。それはデザインの力を身につけた者の使命感だったのかも知れない。

暮らしの豊かさとは何か。それは豪華な装飾でもなければ、高価な素材に囲まれて暮らすことでもない。ただ便利なことでもない。当時の日本では、(木と土しかない)最小限の資源と丁寧な仕事でつくられた生活道具で、労働に疲れたカラダを優しく受け止めることや、美しいフォルムに日々の感動を重ねることから、豊かな暮らしをスタートさせならなかった。それゆえに無駄な形やエゴは捨て去られ、機能と思想を体現するフォルムだけが磨かれていった。シェーカー教徒が神に捧げた木工が凛として美しいように、社会に即した捨身業のような彼らの純真な仕事が、美しくないはずがない。やがてそのフォルムは機能すら超えていった。あるものは詩情豊かに、あるものは研ぎすまされた刃の美のように。そこに、時代を超えるスタンダード、ジャパニーズモダンデザインが生まれる。これが日本の近代家具の出発点でもあった。

だが、その後、高度成長期からバブル好景気を経て、日本人は豊かさの現物支給を全身に浴びてしまう。常に更新される製品と情報に圧倒され、わずか50年前の美しい道具の記憶のほとんどは昔話か忘却の彼方だ。私たちの生活は確かに豊かになった。美しく便利な家具も増えた。しかし今、改めて暮らしの豊かさとは何かを考える時、現在をすべて肯定的に捉えられないのはなぜだろう。私たちは、あの、デザインの出発点まで一足飛びに遡り、“彼ら”とともにもう一度、足下から暮らしを見つめる時間を求めているのではないか。今ならまだ、それを辿ることができる。そう、わずか50年前のことだから。

川砂から砂金を探すように、50年の時からジャパニーズ・モダン・マスターたちの良質な仕事を探り出して、そのデザインを復刻するプロジェクトが昨年スタートした。スタンダードという言葉の重み。サムシングニューイズムやレトロエキゾチズムの視点で復刻を考えるのではない。多くの人の暮らしに受け入れられるよう、生産性や経済性も見直し、名品の希少性を煽るものでもない。真摯に「生活を探求」するための知恵を探索する、息の長いプロジェクトになるはずだ。私たちが彼らの家具を再評価すると同時に、時代を超えて、彼らの家具によって逆に、自分たちの暮らしも再評価されるだろう。その機会が得られることを、素直に喜びたい。

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照明について [デザイン/建築]

昨年末に「週刊朝日」に原稿を書きました。


灯りの好みに地域差があることを知ったのは、オランダの電球メーカーのマーケティング資料を見せてもらった時だ。ヨーロッパでは、北に行くほど温かい光の灯りが好まれ、南に下ると太陽光に近い白い光の放電灯の売り上げが増える。同社担当者は、太陽高度と灯りの好みには因果関係があるのではないかという仮説を立てていた。その説が正しければ、日本人が生活に白い光の蛍光灯を抵抗なく受け入れたこともうなづける。東京の緯度はヨーロッパの南、クレタ島付近に当たる。

一方、日本人が古来より親しんだ灯りは、大きな開口部の障子に乱反射したり、和紙のシェードに拡散する、“垂直に近い面”の光だと言われている。石造りの建築に、灯火を点在させて明かりを採った、ヨーロッパの“点”の集積の灯りとは、照明文化の成り立ちが異なるのだ。灯りの好みは太陽高度だけでなく、住宅の形や使われる素材など、地域の生活文化の影響も受けている。

20世紀後半、光の異文化交流や実験、灯り文化の見直しを通し、さまざまな傑作照明器具が誕生した。それらを現代の生活にどう取り込んでいくか。好みに合わせ、その応用の時代に入ったと言っていい。

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デザインの星、輝く。 [デザイン/建築]

とある印刷物にHOYAクリスタルの記事を書きました。

クリスタル製品のデザインは極限すれば光の反射と拡散だけ。色も柄もなく、光が通り抜ける透明ガラスに、いかに光を留まらせるか。技術が光に晒される逃げ場のないデザインと言える。それゆえ優れたクリスタルは、文化や時代を超え賞賛されるのである。HOYAクリスタルは世界が讃えるブランドの一つだ。

日本にデザインという言葉が浸透する前、戦後いち早く“デザイン”に目覚めたのはガラス製品業界だった。HOYAクリスタルも、戦後デザイン教育を受けたデザイナーを積極的に採用し、日本のモダンデザインの発展に貢献してきた。船越三郎、川上恭一郎といった名デザイナーが同社の窯に集い、海外のガラス美術作家の作品に負けない優れたプロダクツを手掛け、国内外で多く受賞に輝いている。透明素材と光の最小限の要素によるミニマルなデザインは、陰影に対してセンシティブな日本人の“光覚”に適っていたのかも知れない。

近代デザインの大先輩のHOYAが、21世紀に再び“デザイン”を謳い始めたのは興味深い。起用されたのはイギリスとニュージーランド出身のクリエーターデュオ“生意気”。北半球と南半球の光の感受性が、HOYAクリスタルの光をどう変化させていくのか。熟練ガラス職人がその感性にオールハンドメイドで挑む。


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